安田純平はなぜプロ人質と言われる?過去の拘束が解放された理由。

 

内戦下のシリアで2015年に行方不明になっていた安田純平さんの囚人服姿の新たな動画が公開され、心配されています。

そんな中、安田純平さんを”プロ人質”と呼ぶ人が多くいますが、なぜプロ人質と言われているのでしょうか?過去、数度にわたる拘束から解放された理由も気になります。

安田純平がプロ人質と言われる理由

名前:安田純平

生年月日:1974/3/16

出身:埼玉県入間市

学歴:埼玉県立川越高校、一橋大学社会学部卒業

安田純平さんは一橋大学を卒業後、1997年に信濃毎日新聞に入社し、松本本社に勤務していました。2002年には休暇を取り危険区域ともされていたアフガニスタンやイラクに渡航して取材を行い、2003年1月に信濃毎日新聞を退社してフリージャーナリストになりました。

“プロ人質”と言われる理由は、今回の拘束は実は4回目の拘束だからです。

信濃毎日新聞社を辞めた直後の2003年にイラクで2回拘束、2004年にバクダットで拘束されています。

( “2009年 MYUに拘束される”は、歌手のMYUさんと結婚されたことを指しています)

また、今回は2015年に拘束されてから3年も経っているにも関わらず、顔色も良く健康そうに見えることもプロ人質と言われている理由のひとつです。実はシリア武装軍とグルで身代金を要求しているだけなのではないか?という憶測が飛んでいます。

2016年に「助けてください、これが最後のチャンス」というメッセージを出すものの日本からの救助が進まないために、今回の動画では韓国からの身代金を求めて動画の冒頭で「韓国人です。ウマルです。」と言わされている可能性もありますね。

安田さんを拘束した団体からはまだ公式発表が何もありません。団体側からの発表がない限り、日本政府も動きづらい部分がありそうです。

 

安田純平の過去の拘束はなぜ解放された?

今回4回目の拘束ということですが、過去3回の拘束はどのようにして解放されたのでしょうか?

初めての拘束は2003年のイラク滞在中。イラク戦戦争中に、イラク政府が行なった人間の盾作戦(※)に他のジャーナリストとともに自ら参加するものの米軍の攻撃を抑止する効果がなかったため、イラク軍に拘束されました。(※)イラクに日本人がいることを知らせることで、米軍の攻撃を抑止する作戦

拘束後、間も無く解放されていますが、その後数回の拘束含めて解放された理由は明かされていません。日本が身代金に応じたわけではなさそうです。

まとめ

シリアに拘束されている安田純平さんの新しい動画が公開されましたが、”プロ人質”と言われている理由についてお届けしました。過去数度に渡って拘束経験があることや、今回は3年も拘束されているにも関わらず健康状態が良さそうであることが、プロ人質と言われている理由です。

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